医療法人の相続税対策は、単に一法人の税負担を減らすというだけにはとどまらず、地域医療や地域の安全を守ることにも繋がっています。
そもそも医療法人は、一般的な事業を行っている法人とは異なり、利益額は多いもののその利益処分としての配当金の支払いを許されていません。
一方、医療機器は全般的に大変高額なため、多額の内部留保は現金預金ではなくそれらの設備投資へ姿を変えることも少なくありません。
つまり、医療法人の相続税法上の評価額は高止まり傾向にあるものの、現金預金は利益額ほど積みあがっているわけではないのです。
田舎などの過疎地であっても医療法人のこうした体質は同じであるため、相続税対策を誤ると億単位の高額な税負担が発生し、数少ない医療施設に経営上の深刻なダメージを与えることになりかねません。
そこで本日は、医療法人の相続税対策と出資持分の関係について解説していきます。
医療法人の相続税対策は出資持分の「ある・なし」で変わる
一口に医療法人と言っても、「社団医療法人」と「財団医療法人」の2種類に分けることができます。
財団医療法人とは、個人または法人が無償で寄附する財産に基づいて設立されている医療法人であり、医療法人全体のなかで占める割合は大変少ないです。
一般的に私たちが「医療法人」という場合、社団医療法人を指しています。
社団医療法人の種類は2つ
社団医療法人はさらに2種類に分かれており、出資持分のある社団医療法人と、出資持分のない医療法人があります。なお、出資持分がある社団医療法人を「経過措置型医療法人」といいます。
相続税対策について考える際は、出資持分のある医療法人であるか・出資持分のない医療法人であるかによって区別して考えていきます。相続税対策について考える前に、まずは出資持分について詳しくみていきましょう。
第5次医療法改正について
平成19年4月1日に第5次医療法改正が行われ、平成19年4月1日以降に新たに設立した医療法人は、医療法人に出資持分をなくしてしまいました。
これにより、平成19年3月31日までに設立している医療法人は「出資持分のある医療法人」、平成19年4月1日以降に設立した医療法人は「出資持分のない医療法人」となりました。
医療法人における出資持分とは
出資持分とは、簡単にいうと実際に出資したお金とそれを運用した利益の合計をいいます。
ではいくつかの具体例とともに、出資持分について検討してみます。
平成19年3月31日以前の出資持分
例えば平成10年に100万円を元手に医療法人を設立し、20年をかけて医療法人に1億円の財産を築いたとします。この場合の出資持分はいくらでしょうか?
出資したお金は100万円。それを元手に運用した利益の合計額は9千9百万円。合計で1億円が出資持分となります。
出資持分がある場合、出資の払い戻しができる
出資持分のある医療法人は、社員(=出資者)が社員資格を喪失した場合、その出資額に応じて払い戻し請求をすることができます。
出資者の一人が出資持分の払い戻し請求をすると、法人は出資持分(=「出資したお金」+「それを元手に運用した利益」)を払い戻さなくてはなりません。
また、出資持分がある医療法人が解散した場合の残余財産は、払込済出資額に応じて分配することになります。
平成19年4月1日以降の出資持分
次に、平成19年4月1日以降に100万円を元手に医療法人を設立し、10年をかけて医療法人に1億円の財産を築いたとします。この場合の出資持分はいくらでしょうか?
答えは「なし」です。
上で述べたように、出資持分があると出資持分の払い戻し請求ができ、また解散時には残余財産を分配できるのですが、このことが医療法人に求められる非営利性にそぐわないことが長年問題になっていました。
また出資者の相続が発生した場合、出資持分の評価が巨額になり、その結果医療法人の経営や存続に影響を及ぼすことも懸念されていました。
そのため、平成19年4月1日以降に新たに設立した医療法人には、出資持分がなくなったのです。
では平成19年4月1日以降に設立した医療法人で、出資の払い戻し請求や、解散した場合の残余財産の分配はどうなるのでしょうか?
平成19年4月1日以降の出資の払い戻し請求
例えば200万円ずつお金を出し合って2人が医療法人を設立したとします。医療法人に1億円の財産が築かれたため、出資者のうちの1人が出資金の払い戻し請求をした場合はどうなるでしょうか?
答えは「0円(なし)」です。出資持分がないため、出資金の払い戻し請求ができません。
平成19年4月1日以降に解散した場合の残余財産の分配
では、同様に200万円ずつお金を出し合って設立した医療法人に1億円の財産が築かれたためこの法人を解散した場合、財産の1億円は分配されるのでしょうか?
答えは「分配されない」です。全ては国(もしくは別の医療法人)のものになります。
このように医療法人は、出資持分の「ある・なし」によって相続時の財産上の価値が全く異なるのです。
医療法人の相続税対策のポイント
医療法人の相続税対策の場合、出資持分のある医療法人と出資持分のない医療法人で考え方が異なります。
医療法人の相続税対策のポイントをまずはみてみましょう。
出資持分のある医療法人の場合
出資持分のある医療法人の場合、非上場会社の相続税対策と同様の方法で、出資持分の相続税評価額を下げていきます。
具体的にはさまざまな方法を組み合わせることで、法人内の余剰金を社外流出させることにより評価額そのものを下げていきます。
ただし過度の相続税対策は、経営基盤そのものを脆弱にしてしまう可能性があるため注意が必要です。
出資持分のない医療法人の場合
出資持分のない医療法人は持ち分の払い戻し請求権や残余財産の分配請求権もなく、そもそも医療法人の権利を相続させることもできません。そのため、出資持分のない医療法人には相続税対策の必要はありません。
出資持分のある医療法人の相続税対策
では、出資持分のある医療法人の相続税対策について具体的にみていきましょう。相続税対策としては、出資持分のない医療法人に移行する方法と、さきほどもみたような法人内の余剰金を社外流出させることにより評価額そのものを下げる方法の2種類があります。
出資持分のある医療法人は、相続人が医師でなくても相続することが可能です。そのため、出資持分のある医療法人の場合、相続財産となり相続税の課税対象となります。
相続税対策は大まかに分けると2つ
出資持分のある医療法人の相続税対策は大まかに分けると2つになります。
対策1.出資持分のない医療法人へ移行する
医療法人の持分を相続もしくは遺贈により取得した場合、その法人が移行計画の認定を受けた医療法人であれば移行計画の期間満了まで相続税の納税が猶予されます。また、出資持分を放棄すると、猶予税額が免除されます。
さらに、移行計画に基づき「持分なし医療法人」へ移行した場合、出資者の持分放棄に伴う法人贈与税については、非課税となります。
ただしこれらの認定期間は平成29年10月1日から平成32年9月30日までと定められています。
この方法であれば、納税負担は必要ありません。
出資持分のない医療法人への移行の問題点
相続税対策のために出資持分のない医療法人に移行した場合、いくつかのデメリットが考えられます。その主なものは以下の3つです。
- 理事など役員は親族等割合が3分の 1 以下と定められているため、理事会運営が不安定となる可能性がある
- 出資持分の払戻請求権がなくなるため、医療法人に莫大な剰余金があっても退職時などに払い戻しの請求ができなくなる
- 医療法人を解散する場合、残余財産の分配請求権がなくなるため、その場合の残余財産は国(もしくはその他の医療法人など)のものになってしまう
出資持分のない医療法人に移行する場合は、これらのデメリットに留意した上で検討する必要があります。
対策2 出資持分の相続税評価額を下げる
もう一つの対策は、持ち分あり医療法人を継続させながら出資持分の相続税評価額を下げる方法です。具体的な方法は、非上場会社の相続税対策とほぼ同じスキームを用います。
医療法人内に積みあがっている余剰金を、以下の方法でキャッシュアウトして評価額を下げます。
- 生命保険に加入する
- 役員報酬の増額を検討する
- 退職金を支給する
- 不動産を購入する
ただし、過度な余剰金の流出は医療法人の経営を不安定にする可能性があるため、慎重に行う必要があります。
まとめ
医療法人の相続税対策は、出資持分のある医療法人の場合にのみ必要となります。公益性の高い医療法人は配当などによる剰余金の分配ができないため、相続税対策はできるだけ早く、できるだけ長期間にわたり行うことが必要です。
ただし過度の節税による経営への圧迫には気を付けなければなりません。計画的な医療法人の相続税対策のためには、まずは相続に詳しい税理士に相談し最善の方法をアドバイスしてもらうことが大切です。