被相続人が亡くなると個人の財産は相続人に相続されるますが、経営していた会社やその会社の経営権は相続することができるのでしょうか?
また、会社ではなく、被相続人が個人で事業を営んでいた場合、経営権の相続はどうなるのでしょうか?
今回は、被相続人が会社又は事業の経営者であった場合の事業や経営権の相続について詳しく解説していきます。
経営権と相続の関係
まずは法律上からみた経営権のあり方について確認しましょう。
経営権は相続の対象なのか
会社の経営権とは、会社の経営に関して意思決定を行う権利のことを指します。この経営権を持つ人は、法的には代表取締役の地位についた人のことを指します。
そして、この代表取締役の地位は、会社の役員(取締役)決議によって選任・決定され、現に代表取締役に就いている者(経営者)に与えられた固有のものです。仮に経営者が亡くなったとしても、経営権そのものは相続の対象とはなりません。
代表取締役の地位は、相続されるものではなく改めて役員決議によって決められることになります。
会社の株式を過半数持つ場合
代表取締役の選任は、実質的には会社の所有権を有している株主の議決権(株式)によって決まります。ただし、代表取締役やある一人の人物が、会社の株式を過半数以上持っている場合、事実上経営権が相続される場合もありあmす。
仮に株主のうち誰か一人が過半数の株式を持っている場合、その人が会社を支配する議決権を握っていることになります。
例えば代表取締役が株式の過半数を持っており、そのすべての株式を誰か一人に相続した場合、実質的にその相続人が会社の経営権を承継することになります。
- 事業の相続とトラブル・ポイントについてはこちら:事業を相続する前に知っておきたい!よくあるトラブルと対策ポイント
法人経営において相続の対象となるものは?
このように、会社の経営権は誰か一人が株式式を過半数以上持つ場合を除いて、特定の人に相続されることはありません。
では、会社が所有している財産は経営者が亡くなった場合に相続の対象となるのでしょうか?
会社(法人)は、個人以外に法律行為を行うことが認められた唯一の人格であり、法的には会社に属する代表取締役などの役員や従業員とはまったく別個の存在として扱われます。
従って、会社が保有している財産、例えば、現金・預金や有価証券、売掛金・貸付金などの債権、土地・建物といった資産はあくまで会社のものであって、経営者が亡くなったからといって相続の対象にはなりません。
また、会社の借入金や未払金なども、会社が負っている債務であることから相続の対象にはなりません。
会社の連帯保証人は注意が必要
ただし、経営者が会社の借入金の連帯保証人になっている場合には注意が必要です。
借金を負っているのはあくまで会社ですから、その返済義務は一義的には会社が負います。しかし会社の経営状態が悪くなり、会社では返済できなくなった場合、会社の連帯保証人となっている人が代わりに借金を返済しなければなりません。
さらに、この連帯保証債務は連帯保証人が亡くなった場合には相続されます。
よくある例が、経営者が会社の連帯保証人になっていて、会社の経営状態が悪くなり連帯保証人である経営者が借金を負うことなった場合の借金の相続です。
借金を負った経営者が亡くなった場合、その借金は相続放棄をしない限り相続人に相続され、相続人が支払わなければなりません。
経営者が会社の連帯保証人になっている場合、その借金が相続人に相続される恐れがあることを覚えておきましょう。
個人事業において相続の対象となるものは?
一方、同じ経営者であっても、中には会社(法人)の形態ではなく、個人で事業を営んでいる人もいます。
このような個人事業の財産や負っている債務は、経営者がなくなった場合に相続の対象になるのでしょうか?
個人事業の場合、法律行為を行う主体はあくまで個人ということになります。
行っていた事業規模の大小に関わらず、使用していた事業用財産や負っていた事業債務は経営者個人に帰属することになり、経営者(被相続人)の個人的な財産・債務と合わせてそのすべてが相続の対象になります。
この点は、会社(法人)の場合と大きく異なるので覚えておきましょう。
所得税・消費税の申告は相続されない
なお、相続人が事業に関わる財産・債務を相続して事業を継続したとしても、税務署への届け出は相続されないので要注意です。
生前に被相続人が所得税の「青色申告承認申請書」や、消費税の「課税事業者選択届出書」、「簡易課税制度選択届出書」などを届出・申請していた場合でも、事業を承継した相続人にそれがそのまま継続して適用されることありません。
引き続きこれらの適用を受けるためには、相続人が改めて届出・申請を行う必要があります。その点は税理士に確認するなどして必要な手続きに漏れがないよう注意して下さい。
経営者に必要な相続対策
続いては、経営者が知っておきたい相続対策について法人・個人それぞれでみていきましょう。
法人による経営の場合
会社が法人の場合に最も重要なことは、会社の所有権である株式を誰に・どのように相続させるのかということです。
後継者(次期代表取締役)となる人に適切に株式を相続させなければ所有権が分散してしまい、結果として経営権を支配できなくなってしまいます。最悪の場合、会社の存続が危ぶまれる恐れもあります。
相続人三人に株式を相続する場合の例
例えば、生前に経営者(被相続人)が会社の株式を100%所有していたとし、その株式を相続人の子供A・B・C三人が40%・30%・30%ずつ相続し、子供Aが代表取締役に就いて会社を継承したとします。
三人の子供が円満に会社を経営してくれれば何も問題はありませんが、将来三人の意見や考え方が対立し、子供B・Cが持っている株式を他人に譲渡してしまわないとも限りません。
そうすると、子供Aは株式の過半数超を持っていませんから、代わって選任された取締役らによって代表取締役の地位を奪われて、会社の経営が意図しない方向に変わってしまう可能性もあります。
このような事態に陥ることがないように、経営者は生前から適切な後継者選びとその者に対する生前贈与・遺贈などによる計画的な株式の移譲を対策として考えておかなければなりません。
経営状態や相続税について相続人に知ってもらうことが大切
また、会社が相応の規模で業績も良好であれば、通常、株式を贈与・相続するにも相応の税金を負担することになります。
しかし、現在は非上場株式の贈与や相続によって生じる税額を猶予・免除することが可能な「非上場株式等に係る贈与税・相続税の納税猶予制度」というものがあります。
平成30年1月1日以降、その適用要件が緩和されてかなりの効果が期待できるようになりました。
この制度は活用した方が良いケースも多いと思いますが、適用には長期間継続して手続きを行う必要があることから専門家を交えて計画的に対応・対策を検討された方が良いでしょう。
一方、借入金の連帯保証など相続人にとってマイナスの財産になり得るものがあり、会社の経営状態も悪い場合には、生前からその事実を相続人に正しく伝えておくことが大切です。
相続人が法人を相続するのか・相続放棄を選択するのかを決める一つの判断材料になるので、その事実・状況を正確に知っておいてもらうことは極めて重要です。
個人経営の場合
個人で事業を経営している場合、法人のような株式の問題はありませんが、事業の経営状態については相続人にしっかり伝えておくようにしましょう。
特に、個人の場合は法人に比べて選択の自由度も高いため、事業の状況や後継者の有無などに応じて、最適の方法・選択肢を前々から考えておくと良いでしょう。
事業を次の代に継承させるのが良いのか、あるいは自分の代で事業を終結させるのが良いのかを生前から考え、相続税対策や相続方法を選ぶことをおすすめします。
その際、先に挙げた「非上場株式等に係る贈与税・相続税の納税猶予制度」と類似する「個人版事業承継税制(事業用資産に係る贈与税・相続税の納税猶予制度)」が平成31年1月1日から施行される見込みです。今後は個人の場合であってもこのような制度の適用を含めて、専門家を交えた計画的な対応・対策を検討されるのが良いでしょう。
まとめ
昨今、中小企業等における後継者不足が社会問題として顕在化・深刻化しており、会社や事業を如何に承継するかは経営者が抱える最大の悩みとなっています。
また、経営権を承継する後継者にとっても、重大な決断を迫られることになることから、会社や事業の承継には家族や相続人間での密なコミュニケーション・協議と相続対策が欠かせません。
特に会社の場合、生前に経営者(被相続人)と会社間で資金や不動産の貸し借りなどがあったりすると、法務面・税務面で様々な問題が生じる可能性もあります。
事前に弁護士・税理士などの専門家の助言・指導を仰ぐことが望ましいといえます。。
できる限り経営者の方は十分な準備期間をかけ、家族や関係者の方々にとって最善の選択・方法が何なのかということを熟考の上、周到に実行することが何より大切です。