個人事業を法人化することにより節税メリットが発生することは広く知られていますが、法人化により将来の相続税の節税にもつながる場合があることまではあまり知られていません。
もちろん全ての個人事業が法人化により相続税の節税につながるわけではありませんが、適切な方法で行えば、かなりの確率で相続税の節税を期待することができます。
ただし個人事業の法人化は、メリットばかりではなくデメリットもあるため、それらを踏まえた上で正しく判断しなければなりません。
今回は、法人化による相続税の節税について、基本的な事項からメリット・デメリット、さらに法人化する場合の注意点までを解説していきます。
個人事業を法人化すると相続税の節税につながる
個人事業を法人化すると、所得税の節税につながる場合があることはよく知られていますが、それが相続税の節税とどのようにつながっているのでしょうか?
まずは法人化による相続税の節税の基本的な仕組みから考えてみましょう。
個人事業の資産と個人の資産
例えば個人事業を営んでいるAさんが、事業用に使用している自動車と、別にプライベートで使用している自動車の2台持っていたとします。ではこのAさんが亡くなった場合、Aさんの相続財産の中に含まれる自動車はどちらになるでしょうか?
・・・答えは「2台とも相続財産に含まれる」です。
事業用で使っていようとプライベートで使っていようと、どちらもAさんの名義の自動車です。Aさんが亡くなれば、どちらもAさんの相続財産に含まれます。
法人の資産と個人の資産
ではそのAさんの事業が軌道に乗り、法人化したとします。Aさんが100%出資して設立したB社には、事業用に使うための自動車があります。一方Aさんはプライベートで利用している自動車も持っています。
この場合Aさんが亡くなると、Aさんの相続財産に含まれる自動車はどのようになるのでしょうか?
答えは「プライベートで利用している自動車のみ相続財産に含まれる」です。
なぜならB社の自動車の所有者は、法人であるB社です。Aさんは社長であるだけで、B社所有の自動車の所有者ではありません。
法人と個人は全く別人格
そもそも「法人」の定義とはいったいどのようなものなのでしょうか?民法では、「法人とは、法律にもとづき権利や義務を帰属させることができる人格が認められる人である」と書かれています。
もう少しわかりやすく言うと、人ではないが法律上は人として扱うもののことを「法人」と言います。
上の例のとおり代表取締役である社長と、その社長が設立した法人は全く別人格となるため、所有する自動車などの財産も全く別となるわけです。
個人の資産を法人に移す
法人化により相続税の節税効果が現れる理由は、これらのことからお分かりのとおり、個人の財産を法人へ移すことにより結果として個人の財産が減少するためです。
個人の財産が減少すれば将来的に相続財産も減少するため、それが節税につながっていきます。
事業主が亡くなった場合に相続するもの
では次に、法人化せずに個人事業主として亡くなった場合に何を相続するのかをまとめてみましょう。
法人であれば個人とは別人格となりますが、個人の場合は事業用の資産と個人用の資産に区別はありません。
個人名義の預貯金や不動産など
生活費や老後の資金として貯めておいた預貯金はもちろんのこと、事業用に使っていた預貯金も全て相続財産となります。仮に運転資金としてまとまった額の預貯金があった場合にも、それらも全て相続財産に含まれます。
もちろんレジや事業用金庫の中のお金も全て相続財産となります。そのほか自宅や、事業用で利用していた店舗などの不動産も全て相続財産に含まれます。
個人所有の株式
個人で所有していた株式も全て相続財産となります。ちなみに事業を法人化した場合、法人設立時に発行した株式は個人の相続財産となります。
売掛金などの債権など
個人事業を行っていた場合、売掛金や貸付金などの債権は全て相続財産に含まれます。ちなみに事業を法人化した場合、社長が法人に貸し付けている貸付金や役員報酬などの未払金があればそれらも相続財産に含まれます。
法人を相続するメリット・デメリット
法人化による相続税節税の基本的な仕組みについて一通りお話ししたところで、法人を相続する場合のメリットとデメリットについてまとめてみましょう。
法人を相続するメリット
事業を法人化して相続する場合、以下のようなメリットが考えられます。
- 個人で所有している資産を法人の所有物にすることにより、個人の資産を減らすことができます。そのため将来の相続税の負担を減らすことができます
- 将来相続人になる予定の人を法人の役員にすることにより、生前贈与と同じ効果を発生させることができます
- 個人事業を法人化することにより、毎年確定申告時に支払っていた所得税を節税することができます
- 死亡時には会社から相続人へ死亡退職金を支払うことができるようになるため、低い税率で法人に貯まった財産を相続人へ移転させることができます
- 相続人が法人を相続すると役員報酬を支払うことができるため、法人の財産を相続人に継続的に低い税率で移転させることもできます
- 法人が赤字の場合、それを9年間繰り越すことができます(青色申告の場合)
法人を相続するデメリット
一方、法人を相続するデメリットには以下のようなものが考えられます。
- 法人設立のための費用が必要となります(登録免許税や印鑑代など)
- 法人税の申告が必要になります(税法の知識が必要となるため、税理士などの専門家に支払う費用が発生します)
- 赤字でも住民税の均等割りを支払わなければなりません
- 従業員が社長一人だけでも、報酬金額に関係なく社会保険に強制加入となります
このように多くのメリットがある反面、一部デメリットもあるのでよく知っておくことが大切です。
個人事業を法人化する場合の注意点
では最後に、個人事業を法人化する場合の注意点についてまとめてみます。
必ずしも全ての事業が法人化に向いているわけではない
個人事業を法人化して相続しても、全ての事業が上手くいくわけではありません。例えば社長の個人的技術力がなければどうにもならない事業を法人化しても、相続後にその法人を運営していくことは難しいでしょう。
もちろん相続税の節税のメリットは受けることが出来ますが、それ以外のメリットを見つけるのは難しくなってしまいます。
一方、不動産賃貸業などであれば事業を法人化した後で相続したとしても、事業を継続することは十分に可能です。
このように、法人化による相続税のメリットを最大化しようとする場合には、向いている事業と向いていない事業があることを理解しなければなりません。
個人のお金と法人のお金を区別して考える
個人事業の延長で法人化してしまうと、個人のお金も会社のお金も混同して使用してしまうことがあります。冒頭でお話ししたように、法人は別人格であり法人の資産は法人のものであり代表取締役のものではありません。
その点をよく理解しておく必要があります。
法人設立や申告は専門家にまかせるのが無難
法人設立や毎年の申告業務は、個人事業の時とは比べ物にならないほど複雑で、専門性の高い知識が必要となります。自分でやることが出来ないわけではないですが、一歩間違うと大変なことになりかねません。
法人化は将来的には相続税の節税につながるわけですから、そのためのコストと考えて司法書士や税理士などの専門家に依頼した方が無難でしょう。
まとめ
個人事業を行っている場合、法人化することにより生前の所得税を節税できるだけでなく、将来の相続税の節税にもつながる可能性があります。
個人事業を法人化することで、将来を見据えた節税が可能になります。税理士に相談しながら、必要に応じて計画的に法人化することを考えてはいかがでしょうか。