高齢になってから飼うペットは、心を癒し、日々を穏やかに過ごさせてくれるかけがえのない存在です。
しかし一方で飼い主の急死により、ペットだけが残されてしまう場合が後を絶ちません。人間と暮らしてきたペットは、誰かが世話をしてあげなければ早晩死んでしまいます。
また、相続放棄を考えているのにペットの世話をする必要のある場合もあります。
「ペットに財産を相続させることはできるのか?」「亡くなった相続人のペットの世話をしている場合、相続放棄はできるのか?」
今回は、ペットと相続の関係について詳しく解説していきます。
ペットに財産を相続させることはできる?
そもそもペットに財産を相続することはできるのでしょうか?海外(アメリカ)と日本のペットへの相続の違いについてみていきましょう。
アメリカにおけるペットの相続について
アメリカでは現在、ミネソタ州を除くすべての州でペットへの相続が認められています。
アメリカでは早くから「ペットにも権利がある(animal rights)」という考えが一般的に広まっており、動物愛護法の発展の一環としてペット・トラスト法(信託法の一種)が作られてきました。
そのため相続財産の一部をペットのために信託し、信託財産で飼い主の死後もペットが幸せに生きることができるための法的な枠組みが、すでに作られています。
日本におけるペットの相続について
一方日本では、ペットに相続することはできません。民法上ペットは「物」と定義されており、被相続人(=飼い主)の所有物の一つに過ぎないといった考え方です。
財産を相続することができるのは相続人のみと規定されているため、「物」として定義されているペットが相続人となることは不可能です。
仮に遺言書にペットへの相続を書いたとしても、そのような遺言が法的に効果を生じる事は残念ながらないのが日本の現状です。
また、日本は児童虐待や動物愛護に対する意識が諸外国と比べるとかなり低いため、近いうちにペットへの相続が可能になる法改正が行われる話も今のところありません。
ペットに相続させる方法
ではペットに相続させる方法はないのか、というと全くないわけではありません。アメリカほどの効力はありませんが、日本の現行法の範囲内でやれることもいくつかあります。
日本でペットに財産を相続させるには実際にどのようなやり方があるのか、見てみましょう。
ペットに相続させる方法その1.信託による財産分与
最初にお話ししたように、ペットに対して直接財産を相続することはできません。そのため間接的な方法により、財産を相続させるのと同じ効果を発生させます。
遺言信託・生前信託を活用する
ペットの世話をする人に財産を譲渡することで結果的にペットの世話がされる方法です。
「信託」とは委託者が受託者に対して財産を譲渡し、受託者は委託者が設定した目的にしたがって受益者のために、信託財産の管理・処分をする制度のことをいいます(信託法2条1項)。
もう少し分かりやすくいうと、「AさんがBさんに依頼して、自分の財産名義をBさんにします。その代わり、AさんのペットCのために財産を使ってね」とお願いする事を「信託」といいます。
この場合、Aさんが「委託者」でBさんが「受託者」、ペットCが「受益者」で、渡す財産の事を「信託財産」といいます。この一連の行為を「信託行為」といい、契約書や遺言書を作成して行います。
財産を託された受託者は,信託財産を,自分の財産とは切り離して管理することになります。よって、財産を使い込まれてしまう心配もありません。
また受託者をチェックするために,「信託監督人」を用意することもできます。
ペットに相続させる方法その2.負担付遺贈を行う
2つ目が、負担付遺贈を利用してペットに相続させる方法です。
負担付遺贈とは、ある条件(=負担)を満たしてもらう代わりに財産の一部を分け与えることをいいます(民法1002条)。
ペットの世話を親身にしてくれる人を探し、その人に「最後までペットの世話をする」ことの条件に財産を相続させる遺言をします。この行為が負担付遺贈にあたります。
負担付遺贈を受けたものがペットの世話をしているかどうかをチェックするために、「遺言執行人」を指定しておきます。
遺言執行人は定期的に受遺者(=財産をもらった人)をチェックし、万が一ペットの世話をしていない場合、遺言執行者が裁判所に請求すれば、遺言そのものを取り消すことができます。
それ以外にも負担付遺贈と同様の効果を発揮することができるものとして、負担付贈与なども有効な手段の一つとして考えられます。
ペットが相続する際に必要な申請手続き
ペットに財産を相続させるためには、生前にその仕組みを考え、手続きを行っておく必要があります。
信託の場合
信託を行う場合には、受託者との間で契約書を作成する必要があります。また万が一の場合を考え、信託監督人も指定しておかなければなりません。
これらの契約書類を作成するためには弁護士や司法書士をはじめとする専門家に相談し、ミスのない万全の契約書を作成しておく必要があります。
負担付遺贈の場合
負担付遺贈を行う場合、あらかじめ遺言書を作成しておかなければなりません。法的に有効で、かつ内容に漏れのない遺言書を作成するためには、弁護士や司法書士をはじめとする専門家に内容を確認してもらいながら作成する必要があります。
相続放棄する場合ペットの世話はNG?
ペットへの相続方法がわかったところで、自身が相続財産の放棄を考えている場合についてもみていきましょう。
相続人が相続放棄する場合、全ての相続財産を放棄しなければなりません。では被相続人が飼っていたペットのエサやりをしていた場合、相続放棄に影響は及ぶのでしょうか?
ペットは民法上「物」扱い
ペットは民法上では「物」と同じ扱いになります。つまり被相続人の所有物にあたります。そのため、相続財産の一部であると考えることができます。
相続放棄する場合、被相続人の債務のすべてを引き継がない代わりに財産のすべてを放棄しなければなりません。
民法に照らし合わせて形式的に判断すると、ペットを引き取って世話をする事は相続放棄の条件に反すると判断することができます。
判断基準はペットに経済的価値があるかどうか
しかしペットが相続財産の一部とみなされ、相続放棄しなければならない財産の一部になるかどうかは、そのペットに経済的価値があるかどうかによります。
例えばペットが錦鯉だった場合を考えてみましょう。錦鯉は世界中に愛好家が多く、高いものになると一匹数百万円から数千万円で取引されています。
この場合この錦鯉には経済的価値があると誰が見ても判断できるため、たとえエサやりが目的であっても、この錦鯉を持っていってしまっては相続放棄することはできないでしょう。
しかしペットが老犬であった場合はどうでしょうか?老犬に経済的価値をつける(=市場で売却し金銭に換える)ことは難しいのではないでしょうか。
今のところ判例がない
老犬のように経済的価値があるかどうかハッキリしない「物」を、相続放棄の放棄すべき財産に含めるのかどうかは、残念ながら今のところ判例がまだ出ていません。
厳密に言えば被相続人の財産であることには変わりありませんが、経済的価値があるとは思えないペットの場合相続放棄する財産に含めてしまうと、動物愛護法に抵触してしまう可能性も考えられます。
また、法律的には「物」であっても生き物であることには変わりがありません。世話をする人がいないと死んでしまうことも充分に考えられますので、相続財産の「管理」をしていたことにあたり相続放棄には影響しない可能性も高いでしょう。
相続放棄を選択し相続財産管理人が選任された場合、相続財産管理人と話し合うのが最も有効な手段と思われます。
まとめ
米国と異なり日本では、ペットに財産を相続することはできませんが、間接的手段を用いて同様の効果を発揮させることもできます。
自分が亡くなった後のペットの心配は、ペットと暮らしている人であれば誰でも一度は考えたことがあるでしょう。
信託や遺贈などの制度を利用すればそのような心配をしなくても済むでしょう。弁護士や司法書士などの専門家に相談し、万が一の場合の準備を確実にしておくことをおすすめします。